私は,まちづくり推進課に勤務している。行政が言う「公平・公正」の勘違いと「責任逃れの先送り」(言い過ぎか。)に不満を持つと共に,町のため住民のために何ができるかを考えている途中でいきなり飛び出してしまった。
当NPOは,過疎高齢化の進む神石高原町の現状を認識し,多様なニーズに迅速にしかも柔軟に取り組むことを目的に設立した。
設立準備中に東日本大震災が発生し,設立後は急遽,宮城県気仙沼市大島地区の被災者支援を行った。
その活動と並行し地域経済の創出・雇用・元気再生などを目的に,道の駅の食堂業務を受託し「自然食レストラン高原の風」の運営を始めた。私自身,高齢化が進むことで郷土料理や,昔ながらの味付けなどが失われることがもったいないと思っていた。
当地では昔から結いという習慣があり,共同で物事に取り組んできた。今回も,女性会や農業団体等に説明を行い,地域住民が総出演で協働することを前提としたプロジェクトが実現した。
郷土料理とあって,地元の60~70台のおばちゃんを口説きまくってようやく開店に漕ぎ付いた。
2012年度は,4千4百万円の売り上げと4万人のご来店を頂いている。
このプロジェクトの自慢はなんと言っても「おばちゃんの元気再生」である。当初,「レストラン経営なんて無理。出来ん,出来ん」と何度も断られたが,「地域で行う婚礼や葬儀に作っていた料理なら,今でも作れるじゃろ!?それを出せばいいんよ」などと説得もしたが合意を得らせず,最後は3年後のハワイ旅行計画(出任せ)を餌にようやく口説くことに成功した。
しかし,今では毎日100~200人を超えるお客様に「おいしいよ」「がんばって」と声をかけられると「そんなん出来ん,出来ん」と言っていたおばちゃんたちが,今では儲けてハワイに行こうと笑っている。70を超える,しかも孫がいるおばあちゃん達がだ。
常時雇用者数は6人(うち町内4名)だが,パートを含めると11名を雇用することになった。雇用機会の少ない町で,1事業所の雇用者数とすれば「モデル」と言っても過言ではない。従業員が自主的にメニューやプチイベントのアイデアを出し,常に変化・進化し続けることで継続性を保っている。
さらに,店には年間4万人の来客があり,隣接する産直販売施設や町内各観光施設へのプルファクターの役割も果たしている。
行政とも連携しており,町内小学校の課外体験活動に店舗を提供したり,地元の自治振興会,農業法人などの団体と協働し,自社農場の運営や新しい特産品づくり(6次産業化)に取り組むなど,地域と密着した取り組みを行っている。
これがまさしく「地域の元気再生!」である。
高度成長期から数十年間,行政サービスの名のもとに本来住民がやるべき仕事を行政は請け負ってきた。しかし,これからは今まで請け負ってきた仕事を住民にお返ししていく時代である。役割分担による「協働」の考え方である。
我がNPO法人は,その仕事の受け皿にもなるし,今後も高齢化の進む町の将来における望ましい「姿」を住民と共に創造していく役割をになっていきたい。